<レポート022> PEP Discussion Paper 2024-002 朴勝俊 債務ダイナミクス入門: 日本は国債残高対 GDP 比を変えずにどれだけのプライマリ赤字が出せるのか

本会共同代表の朴勝俊関西学院大学教授によるディスカッションペーパーです。ここでは、日本の国債残高やそのGDP比の過去実績や将来推計のシミュレーションを行なっています。また、国債残高の対GDP比を一定に保つならば、プライマリーバランスの赤字がどの程度出せるのかもシミュレーションしています。

私見では、国債残高のGDP比自体の高低は意味のないものだと思いますし、このペーパーの著者自身も、財政の持続性という議論そのものの意義について懐疑的ですので、やはり同じ認識だと思われます。ただ、一般に蔓延する財政不安を緩和するのに役立てる目的のために、このペーパーのシミュレーションが行われたものと考えられます。

(松尾匡,本会共同代表)

要約
 債務ダイナミクスは国債残高対GDP比で表現される。この指標の長期的な推移は、名目経済成長率(g)と名目金利(r)とプライマリーバランス(PB)によって決まる。PB均衡の場合には、国債対GDP比は、g-r<0の時は増加を続け(発散し)、g-r>0の時は縮小を続け、g-r=0の時は安定することが明らかになった。またg-r>0の時には、ある程度のPB赤字を出しても国債対GDP比を安定的に保つことができる。その金額はgとrとの差に、前期末の国債残高をかけた額、すなわち(g-r)Bt-1である。
 金利が上昇することに対して懸念の声が多く聞かれるが、大げさに心配する必要はない。まず、既発債はクーポン金利が決まっているので、市場金利が上がっても政府が支払う金利が直ちに増えるわけではない。また金利が高くなるのは、借換えと財政赤字によって新たに発行される国債だけであり、それは国債残高全体のうちごく一部である。次に、金利上昇によって既発債の評価額の減少が懸念されているが、この影響は国債保有者のみに及ぶもので、ごく一過性のことである。満期前の国債の買い手はもちろん金利上昇によって利益を受けることになる。最後に、繰り返しになるが、金利が以前より高い水準にとどまれば、その後はその金利に応じて複利の形で国債残高が増加してゆくのは確かであるが、国債対GDP比に関して問題になるのは、名目成長率を金利が下回っているかどうかであり、金利が上がることそのものではない。
ただし、この「債務の持続可能性」や「国債対GDP比」は、通貨主権を持つ日本のような国にとっては、さほど重要な問題ではない。日本政府が自国通貨建て国債のデフォルトを強いられることはないし、(名目成長率がマイナスにならない限り)中央銀行は国債を買い入れることによって金利を成長率以下に下げることが可能なためである。
より重要なのは「機能的財政」の原則に立って、物価の安定と雇用の最大化、および人々の生活の向上を実現することである。

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economic policy report 022