月別アーカイブ: 2016年11月

004 ポール・クルーグマン「日本の問題を再考する」(Rethinking Japan)解説

松尾匡による、ポール・クルーグマン”Rethinking Japan”(本サイト「レポート」所収の朴勝俊訳「日本の問題を再考する」)についての解説文。本研究会メンバーによる検討、特に、朴勝俊と熊澤大輔の作成協力を得て完成されている。
追伸:クルーグマンの元モデルの正確な期間構造をふまえた補足説明を脚注でしておきました。注4と注6(旧注5)を修正し、新注5を追加しています。本質的な修正ではありません。2017年4月2日

Economic Policy Report 004 v2

パワポスライド「反緊縮時代の世界標準経済政策」

 松尾匡です。2016年11月16日に立命館大学草津キャンパスで行われた、金子勝慶応大学教授と私との対論シンポジウム企画での私の講演のパワポファイルです。
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/HanKinsyuku1611.ppt
グラフ類や画像で出所を表記していなかったものに、すべて出所を記入し、著作権問題が心配な画像二点を問題のないものに入れ替えてあります。拡散歓迎。

トランプ政権の経済政策の影響

トランプ政権の経済政策について、日本経済への影響を問い合わせるメールをいただきましたので、返事を書きました。大方の議論に付すべきテーマだと思いますので、下記に引用しておきます。
松尾匡

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 さて、お問い合わせの件ですが、通商政策が直接には大きな影響をもたらすでしょうが、私は専門ではないのでわかりません。トランプさんが選挙中言っていた通商政策がどの程度本当に実施されるのかもわかりません。
 私がある程度わかるマクロ経済政策についてだけお答えします。
 トランプさんは、欧米保守派の典型的主張として、金融引締めを主張してきました。「超低金利はインフレをもたらさないばかりか、市場をゆがめ、富を再配分し、バブルをあおるなど、利益よりも害の方が大きい」と言っています。
 その一方で、富裕層や大企業を中心とする大幅減税を主張しています。
 ところが、従来の欧米保守派と異なり、大規模なインフラ投資を提唱しています。
 この三つは相容れないことです。だからどこまで本気でするか はわかりません。「低金利はいい」という矛盾したことも言っていますので、結局、金融緩和を続けさせるかもしれません。あるいは、インフラ投資も具体的な 金額を示しているわけではないので、たいしてやらないかもしれません。
 しかし、仮に三つともしっかりやり抜くとすると、インフラ投資の原資は、民間から借りてくるしかありません。国債を民間に向けて発行して民間資金を吸収し、他方で金融引締めのせいでおカネを民間に出さなくなったならば、高金利になります。
 アメリカが高金利になると、世界中の資金が、アメリカで運用しようとして集まってきますので、ドル高になります。
 そうすると、アメリカの輸出が減って、輸入が増えて、貿易赤字が拡大します。
 輸出企業としては、アメリカ国内で生産してもドル高で輸出しにくくなる上に、高金利で設備投資資金が調達しにくくなるので、海外で工場を建てたほうがましになります。だから産業空洞化が進んでいきます。
 トランプさんとしては、それはけしからんということになりま すので、日本に対しては円高になるように圧力をかけてきます。すでに「異次元緩和」は円安誘導だからけしからんという発言もしています。だから、日本に対 して、金融緩和をやめるように圧力をかけてくることになります。
 日本経済は、ドル高円安が進めば、輸出が伸びて景気が好調になると思いますが、トランプさんとしては、それが一層しゃくにさわるから金融緩和をやめろということになります。それを受け入れたならば、日本の景気にとってはマイナスになります。
 危惧するべきことは、日本の左派やリベラル派の勢力は、当然 このようなアメリカからの理不尽な圧力を批判して、政府の対米従属を許さない立場にあるにもかかわらず、今の金融緩和反対の姿勢からすると、かえってトラ ンプさんの圧力にやんやと喝采し、景気の拡大に水を差す役割を果たすのではないかということです。
 そうなると、左派やリベラル派の野党は、決定的に有権者から見放されるのではないかと思います。この結果として景気が悪化して安倍内閣の支持が下がったならば、代わりに支持が増えるのは、左派やリベラル派の野党ではなくて、もっと民族主義的な右翼勢力になると思います。
 あるいは安倍政権と日銀執行部がトランプさんの圧力にもかかわらず金融緩和を続けて景気の挫折を避けたならば、内閣支持率は一層高くなることと思います。
 お問い合わせの、在日米軍の経費負担増圧力などの件ですが、 そのこと自体の直接の日本経済への影響はほとんどないと思います。(あえて言えば、アメリカ政府がドルで払っていたのがなくなるので、ドル高円安要因に なって、ごくわずかながら日本経済にはプラス要因になると言えるかもしれません。)
 ただし、日本の政治環境に対しては、九条改憲や独自核武装の議論を決定的に後押しすることになると思います。ここでもやはり、民族主義的な右翼勢力が力を強める方向に向かうように思います。
 「人民の量的緩和」は、量的緩和一般と同じく、ドル高環境のもとでは一層有効ですが、内需が拡大する分、トランプさんにとっても、ただの量的緩和よりも好ましいはずだと思います。

 

「イミダス」サイト記事「民衆のための経済政策はこれだ!」

松尾匡です。「イミダス」のウェブサイトの「時事オピニオン」に拙論が載りましたのでご覧下さい。

●パソコンからアクセスする場合
http://imidas.jp/opinion/A-40-116-16-11-G646.html

●スマートフォン・フィーチャーフォンからアクセスする場合
http://imidas.shueisha.co.jp/jijikaitai/detail.html?article_id=A-40-116-16-11-G646

<翻訳>ポール・クルーグマン「Rethinking Japan」

ポール・クルーグマンの「Rethinking Japan」(2015年10月20日、訳:朴 勝俊)

「・・・日本はインフレ目標を何%に設定すべきだろうか。その答えは、インフレ目標は充分に高くすることだ。つまり、財政再建の際に、生産能力のフル稼働を維持できるほど実質利子率を引き下げることができるくらい、充分にインフレ目標を高くすることだ。だとすれば、それが2%で十分だとはとうてい思えない(一部抜粋)。」

10月28日公表の「労働力調査」結果概要

総務省統計局が10月28日に公表した「労働力調査」では、完全失業率3.0%が報道されていましたが、そのほかいくつか興味深いものを整理しました。

民主党政権期低迷していた「就業者数」が、安倍政権成立後増加していることについては、レポート1番の民進党政策批判の中でも指摘しました。

これが、15歳から64歳までの生産年齢にかぎれば低下しているという話がありましたので、確認しました。実際こうなっています。民主党政権以前からずっと低下して、去年ぐらいから多少底を打ったという感じです。

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しかし少子化で生産年齢人口は減っていますので、15歳から64歳人口に占める「就業者」の比率をグラフにしたらこうなって、やはり増加しています。これは、民主党政権末期の2012年ぐらいから増加していますかね。

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「就業者」だと、自営業者が一貫して減っているのが含まれています。自営業者の入っていない「雇用者」だとどうなっているのかですが、年齢階層ごとにわけたものが、上記リンクページでは2013年からしかないので、それで見ると、全体は、こうなっています。もちろんすでにレポート1番でお見せしたとおり、増加しています。

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それを15歳から64歳にかぎるとこうなっています。

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減少はしていなくて、概ねトレンド一定で推移して、今年に入って増加している感じです。

生産年齢人口に占める割合で見るとこうなります。はっきり増加しています。

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正規労働者の数を見たらどうなっているかですが、全体では次のように増加傾向にあり、最新9月の3396万人というのは、リーマンショック前に戻した水準です。

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15歳から64歳の生産年齢の正規労働者数の推移はこうなっています。

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こちらは、絶対数でも増加傾向にあるようです。

生産年齢人口に占める正規労働者の割合は次のようになりました。

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増加傾向がさらにはっきりでていると思います。

やはり野党側は、自民党に有利な経済環境の中で総選挙を迎えることに備えておく必要があるようです。