研究ノート:朴勝俊・松尾匡「ある期間の名目円ドル為替レートが米日金利差でよく説明できるのはなぜか」『立命館経済学』73巻3号、2024

本会共同代表の朴勝俊関学教授と私、松尾匡立命館大教授の共著の研究ノート「ある期間の名目円ドル為替レートが米日金利差でよく説明できるのはなぜか」が公表されましたのでご紹介します。

ここでは、円ドル相場が、10年もの国債の利回り差という意味での日米の長期金利差によってよく説明できることを示し、その理由を考察しています。

すなわち、日米金利差を埋め合わせて両国での運用が等価となるように円ドル相場が動くとき、現時点でとられるべき相場に、円ドル相場は決まるということです。

この場合、円ドル相場を長期金利差で回帰した式の、長期金利差にかかる係数は、金利差が解消され為替相場の予想運動が停止するまでにかかる時間に相当することになり、実際推計された17.3年(線形近似ケース、対数線形で回帰した場合は12.2年)は、10年もの国債の利回りを長期金利として採用した場合の実証結果がよいことと整合しています。

また、定数項は、収束後の均衡為替相場に相当することになり、実際推計された88.9円/ドル(線形近似ケース、対数線形で回帰した場合は93.2円/ドル)は、ビッグマック指数や購買力平価で見た為替相場とほぼ同じです。

よって本稿の推論には信憑性があると思われます。

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森永卓郎さんのご逝去を悼みます。

本会共同代表 松尾匡、朴勝俊、西郷甲矢人

本会同様のプログレッシブな立場からの反緊縮経済政策の主張を牽引してこられた森永卓郎さんが2025年1月28日に逝去されました。
森永さんは、主要メディアにおいて、この立場からの主張ができる日本でほぼ唯一の論客でした。孤軍奮闘して道を切り開かれてきた功績と、今喪失したものの大きさに、身が震える思いがします。

本会の当ブログの記事は、2016年9月16日、森永卓郎さんが、本会共同代表である松尾匡、朴勝俊といっしょに、名前を連ねてくださったレポート「民進党が勝利する経済政策のために」から始まっています。

このレポートでは、選挙で民進党に票が入らず、安倍自民党が勝ち続ける原因を分析し、それは、安倍政権になって民主党政権時代よりも多少は景気が上向いて人々の生活状況がましになっているのに、民進党の方は人々の経済苦境を改善させる景気拡大の公約を打ち出しておらず、民主党政権時代の苦しかったイメージを払拭できていないせいだとして、安倍政権を上回る積極的な経済政策を打ち出すことを提唱しています。
当時、民進党の代表選挙が行われていましたので、私たちは三人の候補者、蓮舫さん、前原誠司さん、玉木雄一郎さんのそれぞれにこのレポートを送付して、政策の転換を訴えたのでした。
しかし、どなたからも採用されることはありませんでした。

その後、本会の主要メンバーが中心となって、反緊縮経済政策を掲げる候補者を応援する選挙キャンペーンとして「薔薇マークキャンペーン」を立ち上げた時、森永さんは「呼びかけ人」として加わってくださいました。

その後、森永さんご自身の変わらぬご尽力もあって、世論の中に反緊縮経済政策の考え方が一定ていど浸透していき、その政策を鮮明に掲げたれいわ新選組が結成・躍進したり、共産党はじめ他の野党もこれまでよりも人々の経済状態に力点を置いた主張をするようになったりしてきました。

現在、倒産件数が増え続け昨年は1万件にのぼる中で、政府、日銀、野党第一党党首そろって財政均衡と利上げを志向する局面を迎え、プログレッシブな反緊縮経済政策を求める運動は正念場を迎えています。

このようなときに森永さんを失ったことは大きな痛手です。癌発覚以降の精力的な仕事ぶりには鬼気迫るものを感じましたが、それが実を結んだ世の中をご覧になれないままになったことは痛恨の極みです。つつしんでご冥福を祈ります。

森永さんが亡くなった穴を埋めることは到底不可能だと思いますが、各自できることをしていくことで、遺志を受け継いでいきたいと思います。

2025年1月30日

<レポート023>PEP Discussion Paper 2024-003 朴勝俊、松尾匡 生産関数アプローチによるGDPギャップの推計(2024年第2四半期まで):9月25日修正版

※ 9月23日に公開したバージョンでは、総要素生産性として推計したデータが、まだ総需要側の変動を含んでいて景気とともに変動してしまう動きが無視できなかったため、新たに、このデータの当期も含む過去二年の最大値を総要素生産性として採用することにして計算し直しました。(2024年9月25日)

本会共同代表の、朴勝俊関西学院大学教授と私による共著のディスカッションペーパーです。

景気が良いか悪いかを示す便利な指標にGDPギャップというものがあります。GDPギャップというのは、現実のGDPと潜在GDPの乖離の比率のことです。もともとは、潜在GDPというのは、最大可能な国内総生産を意味していましたから、これは、雇用を増やしたり機械の稼働率を高めたりすることで、あとどのくらい国中の生産を増やせる余地があるかを示す指標のはずでした。現実のGDPが潜在GDPに比べて低ければ低いほど、失業者が多いわけですから、財政の出動で現実のGDPを増やして失業者を解消する必要と余地が大きいことを意味します。

以前は、潜在GDPの公式統計として、もともとの定義どおり、今ある労働力や機械などをフルに使ったらどのくらいのGDPになるかを推計していました。今でも主な国際機関が出している統計は、この方法に基づいています。

ところが日本ではいつしか、過去何年かのGDPの平均として潜在GDPを出すようになりました。この方法の場合、不況が長引くと、潜在GDP自体が低く出てしまいますので、現実のGDPが簡単に潜在GDPを上回り、まだ全然景気がよくないのにGDPギャップがプラスで好景気だなどと言われてしまうことがあります。

そこで私たちは、労働や資本(機械や工場)をフルに使って生産できる潜在GDP(上限GDP)をあらためて推計し、それに基づき、ただしいGDPギャップを計算して見せようと思いました。

コブ・ダクラス型の生産関数を想定して、それを計算したものが本稿になります。
結論のひとつとしては、現在、現実のGDPはあと22〜25兆円ばかり増加可能だということがわかりました。

松尾匡(立命館大学教授、本会共同代表)

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economic policy report 023

<レポート022> PEP Discussion Paper 2024-002 朴勝俊 債務ダイナミクス入門: 日本は国債残高対 GDP 比を変えずにどれだけのプライマリ赤字が出せるのか

本会共同代表の朴勝俊関西学院大学教授によるディスカッションペーパーです。ここでは、日本の国債残高やそのGDP比の過去実績や将来推計のシミュレーションを行なっています。また、国債残高の対GDP比を一定に保つならば、プライマリーバランスの赤字がどの程度出せるのかもシミュレーションしています。

私見では、国債残高のGDP比自体の高低は意味のないものだと思いますし、このペーパーの著者自身も、財政の持続性という議論そのものの意義について懐疑的ですので、やはり同じ認識だと思われます。ただ、一般に蔓延する財政不安を緩和するのに役立てる目的のために、このペーパーのシミュレーションが行われたものと考えられます。

(松尾匡,本会共同代表)

要約
 債務ダイナミクスは国債残高対GDP比で表現される。この指標の長期的な推移は、名目経済成長率(g)と名目金利(r)とプライマリーバランス(PB)によって決まる。PB均衡の場合には、国債対GDP比は、g-r<0の時は増加を続け(発散し)、g-r>0の時は縮小を続け、g-r=0の時は安定することが明らかになった。またg-r>0の時には、ある程度のPB赤字を出しても国債対GDP比を安定的に保つことができる。その金額はgとrとの差に、前期末の国債残高をかけた額、すなわち(g-r)Bt-1である。
 金利が上昇することに対して懸念の声が多く聞かれるが、大げさに心配する必要はない。まず、既発債はクーポン金利が決まっているので、市場金利が上がっても政府が支払う金利が直ちに増えるわけではない。また金利が高くなるのは、借換えと財政赤字によって新たに発行される国債だけであり、それは国債残高全体のうちごく一部である。次に、金利上昇によって既発債の評価額の減少が懸念されているが、この影響は国債保有者のみに及ぶもので、ごく一過性のことである。満期前の国債の買い手はもちろん金利上昇によって利益を受けることになる。最後に、繰り返しになるが、金利が以前より高い水準にとどまれば、その後はその金利に応じて複利の形で国債残高が増加してゆくのは確かであるが、国債対GDP比に関して問題になるのは、名目成長率を金利が下回っているかどうかであり、金利が上がることそのものではない。
ただし、この「債務の持続可能性」や「国債対GDP比」は、通貨主権を持つ日本のような国にとっては、さほど重要な問題ではない。日本政府が自国通貨建て国債のデフォルトを強いられることはないし、(名目成長率がマイナスにならない限り)中央銀行は国債を買い入れることによって金利を成長率以下に下げることが可能なためである。
より重要なのは「機能的財政」の原則に立って、物価の安定と雇用の最大化、および人々の生活の向上を実現することである。

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economic policy report 022

経済概観2024年6月号

ひとびとの経済政策研究会のメンバーの朴勝俊さんと私、松尾匡が監修するもとで、れいわ新選組の長谷川羽衣子さんが報告した、2024年6月15日付の経済概観をここに公表します。

概要

2022年以来、日本では物価高・円安が進んできましたが、ここ最近は歩みが落ち着いてきています。他方、実質賃金は減り続け、生活が苦しくなっている人も多く、消費税減税と給付金による生活底上げが必要です。また、GDP需給ギャップ(正常な生産量との乖離を示す指標)は、2023年の第2四半期にいったんプラスとなり、これを受けて新聞や一部野党は、すでに日本はインフレだ、今後もっとインフレになる、だから金利を上げて円高にすべきだ、といった主張をしてきました。しかしその後、再びGDP需給ギャップはマイナスとなりました。消費を中心とした内需の面では、すでに後退局面に入ったと思われます。また、マーケットの予想物価上昇率であるブレイクイーブン物価上昇率は物価安定目標に達しておらず、マーケットは過度な物価上昇が続くとは予想していないことが分かります。従って、当面は現金給付や減税で家計を支えながら、金融緩和を継続しつつ物価上昇以上の賃上げを実現することが何よりの急務です。他方で、人々の所得と内需が停滞しているのに、輸出主導で経済が物価安定目標の上限に達してしまう可能性にも引き続き目配せが必要で、万博など不要な事業に労働力や資材などの資源が吸い取られるのを止める必要があります。また、急な円安によって、利益を受ける人々や企業と、苦しくなる人々や企業の間に格差が広がっています。当面は、現金給付や消費税廃止で円安の負の影響を打ち消すとともに、円安による利益を全ての人が受けられるよう、大幅な賃上げや待遇改善が必要です。

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<レポート021> PEP Discussion Paper 2024-001 朴勝俊 2000年以降の日本に関する為替レート変化の貿易収支改善効果に関する検証

本会共同代表の朴勝俊関西学院大学教授によるディスカッションペーパーです。ここでは、2000年以降の日本の年次時系列データを使って、為替レートが貿易収支に及ぼす影響を計量分析しています。

それによれば、実質実効為替レートが円高になると、当期の名目貿易収支への影響はほとんどないが、二期後の名目貿易収支を減少させる(赤字を増やす)効果があることが実証されたとのことです。ただし、名目為替レートが円高になったときに、名目貿易収支を減少させる(赤字を増やす)効果があることを示す「マーシャル=ラーナー条件」を推計したところ、短期的にも長期的にも満たさないとの結論が得られたとのことです。

この問題をめぐる既存研究がよくサーベイされており、また、さまざまな場合分けをして計量分析していますので、この問題に関心を持つ人には有益なペーパーとなっていると思います。

私見では、このかん輸出産業の供給ボトルネックが問題になっていたので、輸出については、円高になって減らすときの係数と、円安になって増やすときの係数が違うのではないかと思います。しかし、それを分けて計量することは、サンプル数の問題から困難ではあるとは思います。

(松尾匡, 本会共同代表)

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economic policy report 021

経済概観2024年2月号

ひとびとの経済政策研究会のメンバーの朴勝俊さんが監修し、私、松尾匡も検討に加わったもとで、れいわ新選組の長谷川羽衣子さんが報告した、2024年2月1日付の経済概観をここに公表します。

インフレはおさまりつつあり、円相場は円高方向に向かうことが見込まれる。貿易・サービス赤字は解消に向かっている。他方で、GDPギャップは需要不足側に戻り、雇用・求人倍率の伸びも頭打ちになり、賃金は上昇しているが物価に追いついていない。倒産件数は急増している。——というものです。

私見では、総じて景気回復が民衆に恩恵が及ぶ前に頭打ちになっている段階と見られます。これが単なる踊り場なのか、後退につながるのかはアメリカ経済次第というのが、現政権のもとでの現状のように思えます。

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<レポート019en> ECONOMIC POLICY REPORT2023-002[EN] PARK Seung-Joon, “To default or not to default? Differences in government bonds of major countries with monetary sovereignty and of EU member states — Explanation with 4 sectors balance sheets –”

この前に投稿いたしました、本会共同代表の朴勝俊関西学院大学教授による一般向け解説、「日本の自国通貨建て国債のデフォルトはありえないとはどういうことか——バランスシートで理解する貨幣と財政(入門編)」を、著者本人が英訳(基本的に機械翻訳をもとに)しましたので、ここに掲載いたします。冒頭のAbstractを引用しておきます。

The Ministry of Finance Japan (MOFJ) said that default on government bonds denominated in the local currency of advanced economies such as Japan and the US was inconceivable. We try to explain why is that, somewhat in different way from MOFJ’s explanation. This paper has examined the creation and extinction of money and the redemption and refinancing of government bonds in the framework of the four-sector balance sheet. The government spending generates reserves in the financial sector, which can in effect only be used to purchase the next Japanese government bonds. Since there is no other use for them, this means that new government bonds can always be sold and maturing bonds can always be refinanced with moderate interest rate. This is the key advantage of monetary sovereignty. On the other hand, like an Euro member state, if a country adopts a common or foreign currency and abandons its monetary sovereignty, it may be unable to refinance its government bonds and be forced to default, as euro reserves acquired by the financial institutions of the euro area as a whole through the spending of a member state are not necessarily used to purchase the state’s bonds.

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economic policy report 019en

<レポート020> PEP Discussion Paper 2023-03 朴勝俊 「生産性を上げる努力」は経済成長にはつながらない~2011年以降の日本の付加価値労働生産性の要因分解~

本会共同代表の朴勝俊関西学院大学教授によるディスカッションペーパーです。ここでは、「法人企業統計調査」から得られた2011年から2021年までの日本企業のデータを使って、実質付加価値の労働生産性の変化を、付加価値率、従業員数、売上高の変化に要因分解して、企業規模別に特徴を検討しています。

それによれば、全産業では総じて売上高減少が生産性の低下要因となっており、不況(総需要不足)が付加価値生産性低迷の原因だったことが示唆されれています。また、大企業は付加価値率を高めたことが生産性低下の阻止要因になっている一方、小企業は付加価値率を下げてたことが生産性の低下要因になっています。著者はここから、大企業が中小の下請け企業に値下げを強いてきた可能性を読み取っています。また、製造業では従業員数の削減が生産性向上に寄与してきたのに対して、非製造業では一貫して従業員数は増加してきたことも指摘されています。

総じて、中小企業のいわゆる生産性停滞の原因は、努力不足にあるのではなくて、不況や大企業による圧迫に原因があることが示唆されるファクトファインディングとなっています。

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economic policy report 020

<翻訳> エリザベス・ウォーレン、バーニー・サンダースほか「米国議会左派議員10人のFRBパウエル議長に対する書簡(2023年5月1日)」

ウォーレン、サンダースらアメリカの10人の民主党のプログレッシブ派・リベラル派の連邦議会議員が、5月2日・3日の、連邦準備制度理事会(Fed, アメリカの中央銀行)の連邦公開市場委員会(FOMC, 金融政策決定機関)会合に先立ち、同理事会のパウエル議長に対して、利上げの停止を訴える書簡を送りました。本会共同代表の朴俊勝関学教授がその全訳を行いましたのでここに掲載します。

サンダースらはここで、パウエル議長の利上げ計画を、失業者を増やすことでインフレを抑えようとする試みだとし、
・インフレはすでにピークを越え、銀行破綻もインフレ鎮静要因となる。
・Fedが狙う1%の失業率上昇は1%にとどまらないのが歴史の常だった。
・目下のインフレは供給サイド要因によるもので、金融政策では抑制できない。
・利上げで不況になれば中小企業や弱い立場のものが真っ先に打撃を受ける。
といった理由で、利上げを思いとどまるよう主張しています。

日本の現状から見れば、アメリカの経済状況ははるかに需要が拡大していて、利上げの処方箋の適用範囲に入っているようにも見えるところですが、現地の左派からはなお、利上げによる需要抑制での失業や中小企業倒産のリスクが大きく認識される状況にあるわけです。
そうすると、まだまだ所得が停滞し需要が不十分な日本では、利上げの選択肢などますますあり得ないということになるでしょう。インフレはアメリカよりもはるかに純粋に供給側要因によるもので、金融政策では抑制できないのに、なおも利上げでそれを抑えようというのは、アメリカで危惧されるよりもはるかに、失業や中小企業の倒産を増やし、弱い立場の者に多大な犠牲がかかることをいとわない政策であるということになります。
しかるに日本においては、比較的大きなリベラル派や左派の政党が、この書簡の主とは逆に、利上げでインフレを抑制することを主張しているところに、実にやりきれない現実があると感じています。
(松尾匡)

SandersWallenLetterToFebFed.pdf